地方局におけるデジタル事業の背景と課題
放送局の主な収益源はCM放送ですが、コンテンツビジネス局は放送以外の新たな収益源の創出がミッションです。ネットデジタル事業部では、これまでにもオリジナルキャラクター「onちゃん」のグッズ販売や「水曜どうでしょう」関連グッズの販売、独自のVODサービスの運営などを手がけてきました。
2020年、新型コロナウイルス感染症の拡大によってオフラインイベントが中止となる中、HTBは「onライン劇場」という新サービスの構築を計画。これは有料でのライブストリーミングとグッズ販売を組み合わせた新たな事業モデルとして計画されました。当初は2019年に実施した「水曜どうでしょう祭」のために開発した動画配信システムに、Shopifyの購入ボタンを組み込んだ簡易的な形でスタートしました。

しかし開発を進めていくなかで、いくつかの課題がありました。ひとつは、コンテンツビジネス局には経験豊富なITエンジニアがおらず、多くのスタッフがIT以外の部署から異動してきた人間ばかりでした。そのため、サーバ管理やネットワーク設定といった専門的で開発にも運用にも負荷が高い作業を避ける必要がありました。
そこで、新サービスの開発はすべて「サーバーレス」であることが必須条件となりました。これは単なる好みではなく、専門エンジニアのいない環境で持続可能な開発・運用を行うための有効な手段の一つです。一方でその当時は、ECサイトの開発をサーバーレスのみで行うというのは、それほど一般的ではありませんでした。そうした背景もあり、HTBのご担当者からServerless Operationsにご相談をいただいたという経緯になります。
ECでのリアルタイム在庫管理問題の解決
開発支援の中で特に重要だったフェーズは、ECサイトの在庫管理システムで発生したトラブルの解消でした。2020年10月、「on LINE劇場」で「水曜どうでしょう」の福袋を限定販売した際、実際の在庫数を超える受注が発生するトラブルが起きてしまいました。Shopifyの標準決済方法ではなく、JCB対応のための別決済方法と組み合わせたことが原因で発生したものでした。
こうしたトラブルを二度と起こさないために、確実な在庫管理の仕組みが必要です。しかし「完全サーバーレス」という条件を満たしながら、確実な在庫管理を実現するのは技術的に容易ではありません。通常、このような厳密な一貫性を担保した在庫管理はリレーショナルデータベース(RDB)が得意とする分野です。しかし、AWSでRDBを使おうとすると、Amazon RDSの導入が必要となり、ネットワーク設定など考慮すべき要素が増えてしまいます。
そこでServerless Operationsでは、様々な要素を検討した末、Amazon DynamoDBの「条件付き書き込み」機能の活用を解決策として提案しました。DynamoDBはサーバーレスで利用できるNoSQLデータベースですが、強い一貫性の書き込みモードを使用することができます。多少のパフォーマンスは犠牲にしつつも、在庫数をリアルタイムにチェックしながら書き込みを行う仕組みを構築し、過剰販売問題を解決しました。

大規模アクセスに対応できるスケーラブルなシステム
テレビ放送がきっかけとなって大量のウェブアクセスが発生する「スパイク」は、放送業界ではよく見られる現象です。特に「水曜どうでしょう」のような人気コンテンツの場合、ストリーミングサービスが落ちてしまったり、サイトが正常に表示できないと言った状況が過去には発生したこともありました。
ECサイトの場合、スパイク対策をしなければ、先ほどのような在庫管理に齟齬が生じてしまい、販売の機会損失や、逆に過剰販売などのトラブルが生じかねません。
しかし、サーバーレスアーキテクチャを採用したことで、こうした予測困難なトラフィックスパイクにも柔軟に対応できるシステムを実現しました。従来型のサーバー構成では、急激なアクセス増に対応するためには過剰なリソースを事前に確保しておく必要がありますが、サーバーレスアーキテクチャでは必要に応じて自動的にスケールするため、コスト効率よく大規模アクセスに対応できます。
結果と今後の展望
当社の支援を受けて構築された「onライン劇場」は、放送外収入の新たな柱として成功しました。特に「完全サーバーレス」という条件を満たしながら、ECサイトの在庫管理の厳密性を確保できたことは大きな成果です。
また、このプロジェクトを通じて、Serverless Operationsとしても、テレビ局のような専門IT人材が限られた環境においてもサーバーレス技術の活用と、それによる高品質なデジタルサービスの構築を実証しました。
放送業界全体がデジタルトランスフォーメーションを進める中、専門のITエンジニアがいない環境でも持続可能なサービス開発・運用の知見は貴重な資産となり、他の放送局への展開も考えられます。今後も、弊社では様々な業界のお客様のデジタル化を「サーバーレス」で支援していきます。